【時を待つ心】引っ越し後のお楽しみは街歩き

 

今の家に引っ越してきて2年が経ち

周囲をようやくわかりつくしてきました

 

引っ越し後の家の片付けに息が詰まりそうになった時は外に出て気分転換をしていました

 

 

いまだに街歩きをします

f:id:guutaralin:20190330144636j:plain

 

駅から離れるほどに住宅街になり何もなくなっていくけど

たまにひっそりとおもしろい店をやっていたりする

 

こんなところにラーメン屋?!

こんなところにチーズ専門店?!

このブティックめっちゃくちゃ値段が高いけどお客さん来るの?!

 

ついつい余計なお世話までしながら 

そんなお店を発見するだけで楽しいのです

 

 

 

▫️必ずやるのは引っ越し先の土地の神社へのごあいさつ

f:id:guutaralin:20180522111636j:plain 

私はすーさんと申します。

よろしくお願いします。

 

住む土地をできるだけ好きになりたいと思う

  

 

勝手に自分の庭にしてしまえそうな      

景色がいい場所を見つけるのも楽しみ

f:id:guutaralin:20180326183553j:plain



 

 

たまにブックカフェに行ってお茶を飲む

甘さを選べるタピオカミルクティー

f:id:guutaralin:20190330144003j:plain

 

 

家とは違う空間で読む本

f:id:guutaralin:20190330144632j:plain

 

ブックカフェの店内の

図書館には到底およばない数少ない本の中から

 

自分じゃなかなか買わないような本の中から見つける新鮮さを手にすると

 

 

いつもと違う風を簡単に取り入れた気分になる

 

 

 

 

あえていつも通らない道を歩くと

行く先々でおもしろい「しかけ」も用意してあって

 

 

「お書きください。」と丁寧に言われると…笑

f:id:guutaralin:20190331185235j:image

反射的にチョークを探す

 

 

雲がわっと空を覆ってきた

f:id:guutaralin:20190330144627j:plain


 

 

心ってお天気みたいに

くもり空の時もあれば

びっくりするほど晴天の時もある

 

 

 

今は嵐かな?とか

この嵐いつ終わるの?と思う時は

 

自分が誰よりも自分の1番の応援団になって

 

今嵐なんだね〜〜

必ず嵐は終わるから大丈夫大丈夫〜

と学生の時の親友が言ってくれたように

誰より自分へ寄り添いながら

 

 

ひょろっこい根っこを下へ下へと

静かにおろすようにした

 

迷惑かけたくないと思っていたけど

迷惑かけながらしか生きられないし

 

 

どんなに小さくてもその時の自分にできる範囲の出来ることや楽しみを見つけて

 

できない自分を責めないように気をつけた 

 

 

松下幸之助さんの言う

私の大の苦手だった【時を待つ心】もちょっぴりだけれど身についた。

 

 

「待つ時」と「進む時」があることも知った

 

 

いつこの嵐がやむのかと焦ってばかり、悲観してばかり

天気のせいにばかりしていた時、

根っこはちっとも下へおりてはくれず

ひょろっこいままだった

 

 

今、私は根を張っていて強い木になっているんだ

そうイメージするようにした

大木にはなれないかもしれないけど

強風に耐えられる木を私なりに目指した

f:id:guutaralin:20190401085344j:image

 

この天気がイヤ。

こんな天気がイイ。

 

ついつい口に出してしまいそうになったけど

 

弱って敏感になった体はいろんなことを教えてくれ

天気の変化を乗り越える術を身につける練習をさせてくれた

 

 

嵐の後には今まで以上に毎日を楽しめる小さな確信と

再び嵐が来てもなんとか乗りこなせるんじゃないか?

そんな小さな自信も手に入れた

 

 

まだまだ頼りない私の根っこだけれど。

 

くもり空や

どんなお天気さえも

お天道様には恨みっこなしでいきたい!

f:id:guutaralin:20190331185307j:image

 

 

 

 春の桜にちなんで

 

わるい時がすぎれば、よい時は必ずくる。
おしなべて、事を成す人は、必ず時の来るのを待つ。
あせらずあわてず、静かに時の来るのを待つ。
時を待つ心は、春を待つ桜の姿といえよう。
だが何もせずに待つことは、僥倖(ぎょうこう)を待つに等しい。
静かに春を待つ桜は、 一瞬の休みもなく力をたくわえている。
たくわえられた力がなければ
時が来ても事は成就しないであろう。

 

時を得ぬ人は静かに待つがよい。
大自然の恵みを心から信じ、時の来るのを信じて
着々とわが力をたくわえるがよい。
あせらず、あわてず
着々とわが力をたくわえる人には、時は必ずくる。

 

待てといわれればなおさらあせるのが人情である。
だが、自然の理はわがままな人情には流されない。
冷たいのではない。
静かに時を待つ人には、暖かい光を注ぐのである。
おたがいに時を待つ心を養いたいものである。

 

 松下幸之助 

 

 

f:id:guutaralin:20180326182848j:plain